又吉が本について熱弁している動画を観て、私もそうだ、こんな気持ちで本が読みたいんだ!と思い立ち、数年積読していた「台湾漫遊鉄道のふたり」を一気読み。
ライトノベル的な軽さで思ったより何倍も読みやすくて、翻訳の素晴らしさを感じる。主人公の言動には序盤からかなりハラハラしていたから、分岐点ではそうだよね…と納得だった。でも、当時の時代を生きていないからこんな風に俯瞰が出来るのかも。それに、千鶴子のような図々しい態度は私にはきっと出来ない。むしろ遠慮しすぎて一生仲が深まらない気がする。千鶴子の溌剌とした態度を私も見習いたい。
GWは色んな所に行って、自分の気持ちがぐわぐわと揺らぐのを感じた。京都の自然が恋しくて、帰りたくなくて、最寄駅の階段を上る時にふと泣きそうになる。京都にいると、人混みやキリキリするような環境を思い出して、東京なんてもう嫌と思う。でも私は東京の夜景も、ミニシアターが沢山あるのも好きだから、どちらか完全に偏ることはきっとない。両方の気持ちを曖昧に持ち続けて、時々傾いて、そうやってなんとか生きていく。これが人間なんだろうなと思う。こういう事を静かに考えながら家に向かう自分を外側から見て、なんだか大人になったなと思った。
バランス良くいる事こそ高尚で冷静なのだ、と思う節が世の中にはある。私にもある。自分が冷静さを欠いていた時期があるからこそ自戒を込めて。0か100でもない。だからといって、完全な中立はめったにあり得ない。
何に対しても考えなしに「中立」でいる事は、考えることを一番放棄している気がする。そこにいれば、何もしなくても自分が冷静であると見せる事が出来る。
でも本当は違う。少なくとも千鶴子のあの言葉は多くの人を苛立たせ傷つけた。私は千鶴子が「教えてください」というのも、烏滸がましいとさえ思う。
今日は前へ、明日は3歩後ろへ、来週はどこにも歩き出せない。それで良い。私がそうであるように、人の発言も明日には変わる。変わらない人もいる。帰ったらきんつばを食べよう。